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  • 「小村雪岱とその時代」展チラシ
  • 雪岱と交流があった泉鏡花にちなむ展示空間
    美しい装丁本などを暗闇に浮かびあがらせた

2017.8.2(wed)

思い出の展覧会(51)
小村雪岱とその時代
-粋でモダンで繊細で-
2009年12月15日(火)~ 2010 年2月14日(日)
埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館 主席学芸主幹 大越久子

 埼玉県立近代美術館では、この秋に35歳の誕生日を迎えるのを記念し、年間催物案内にこれまでの企画展一覧を掲載している。題して「161本の意志と意地」。そのうちの2本の企画展で、私は小こ村むら雪せっ岱たいを取り上げた。

 小村雪岱は埼玉県川越市出身の日本画家で、とりわけ挿絵、装丁、舞台美術の分野で人気を博した。埼玉ゆかりの美術家として開館以前から収集・調査が進められており、その蓄積を活かすはずの「埼玉の美術家たち」(1983年)が、私が学芸員になって初めて仰せつかった企画展である。しかし、全くの力不足。作品の所在調査から画商、関係者との付き合い方まで、何ひとつ満足にこなせないまま独りうろうろして力尽きた。

 それでもその後、雪岱の作品そのものに魅力があったおかげで、展示や出版物を通じて次第にファンが増えていく手ごたえがあったし、コレクターの存在も見えてきた。そうした流れをとらえ、先輩平山 都さんの学芸員生活の最後を飾るべく、満を持して企画されたのが「小村雪岱とその時代-粋でモダンで繊細で-」である。私は敗者復活戦に臨む気持ちで一緒に展覧会を作りあげていった。行方不明となった日本画を探索したり、挿絵が掲載された大量の雑誌を根気強く調査したり、平山 都さんの丁寧な仕事ぶりや雪岱に寄せる愛情を目の当たりにして、今さらながら多くを学んだ。一人ではとても手が回らなかった雪岱と同時代の、泉鏡花や鏑木清方をはじめとする文学者や美術家との関わりも扱うことができたから、言うまでもなく前回とは比べものにならない豊かな内容となった。

 それだけに、今でも残念に思うのが図録である。制作予算が足りず、あれほど集めた作品の半数しか図版掲載がかなわなかった。売れ行きがよく結局は増刷したので、初めから多く刷っていれば単価が抑えられ、より多くの図版で紙面を飾るのも夢でなかったはずである。代表作よりも、掲載を見送った資料の方が実は珍しかったりするので、ますますもったいない。資料性の高い図録が主流の今日、あれがもっと充実していれば…と「たられば」が募る。もっとも、「美しい」図録を目指していた平山 都さんは、こまごまと図版を詰め込むことにはまるで執着していなかったけれど。

 ともあれ、地道な紹介を積み重ねた結果、雪岱が全国区の美術家に成長した(と思う)ことは、私たち地方美術館の学芸員の醍醐味であった。ましてや正統派でなく、いわば大衆文化に与した人であるから、なおのこと嬉しい。

 最近では、没後に刊行された版画の謎や文学との関係など、この展覧会で究明できなかった数々の疑問について新しい視点の研究成果が続々と届いており、興味と刺激は尽きない。先輩とタッグを組んで成し遂げた展示を忘れがたいのはもちろんだが、その前後の長いリレーにあらためて感謝することもたびたびだ。

美連協ニュース135号[2017年8月号]より転載
(※役職、所属は掲載時)

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