美術館連絡協議会 美術館連絡協議会

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2021.8.11(wed)

思い出の展覧会(68)
「東京・ソウル・台北・長春 官展にみる近代美術」展
2014年2月13日(木)~3月18日(火)
福岡アジア美術館
2014年5月14日(水)~6月8日(日)
府中市美術館
2014年6月14日(土)~7月21日(月)
兵庫県立美術館

福岡アジア美術館 学芸課長 ラワンチャイクン 寿子

 はじめての海外旅行は、戒厳令下の台湾だった。80年代のことで、出発前に思い描いていたイメージは、真青な空の下、どこまでも続く道の両側にさとうきび畑が広がり、露天でバナナが売られている、というお粗末なものであった。それは、戦前に台湾を旅した日本人美術家たちが抱いた印象とひと欠片も変わらないもので、無論、大間違いであった。それから台北に到着後、林立するビルの谷間を歩いて美味しそうな麺屋に入ると、老齢の主人に声をかけられた。流暢な日本語で「天皇陛下はお元気ですか」と。私は混乱した。

 当時の中高の教科書に、戦前の日本による統治はどれほどの厚みで記述されていただろうか。覚えてすらいなかった私は、この時はじめて実感を伴って知ったのである。それからずいぶん時がたった2014年に、私は標記の展覧会を開催した。その準備中も開催中も、私の心の片隅にはこの台湾旅行の記憶が住んでいた。だから展覧会は、極めて個人的には無知だった22歳の私への応答、もしくは締切りをとっくにすぎた宿題の提出のようなものであった。

 しかし、この宿題は一筋縄ではいかなかった。

 台湾や朝鮮半島、そして中国東北部の満洲で開催された官展は、日本による植民地統治政策の一環として実施されたから、戦後も70年とはいえ政治的に敏感な内容だったのである。当然ながら危惧する声もあり、開幕に際しては議会さながらに「想定問答」さえ用意した。とはいえ、韓国でも台湾でも90年代から官展の研究は進んでおり、官展の功罪、特色、意義を検証し、ひとつのテーブル上で等しくそれぞれの近代美術を概観する展覧会開催の機は熟していたと言える。心配する声の中、美連協事務局の支援、府中市美術館と兵庫県立美術館の参加を得て展覧会は実現した。改めて感謝を申しあげたい。

 困難だったのは韓国からの作品借用で、禁忌の域に踏み込むようなものだった。当然、出品交渉は難航し貸借契約書の締結も直前となり、若い学芸員が飛んだ集荷では、作品が見つからなかったり予定の飛行機に遅れたりと、まさに肝が冷えた。台湾についても輸送が目の前に迫ってから国家補償の問題が持ち上がり、事務局担当者が文化庁との間で奔走。その担当者からは最近、あんなに大変でハラハラした展覧会はなかったと告白されたが、本当にそうだったと思う。もちろん図録の編集でも輸送でも何度も危機に見舞われ、電話が鳴るたびに気持ちは萎えそうになったが、いまとなってはむしろ過ぎ去った難局ほど懐かしく、笑い話になっている。

 ずいぶんな周回遅れで出した宿題はとても満点には届かなかったが、各館の学芸員と各専門家の知を集めた図録は國華賞を受賞し、現存しないと言われた満展の出品作も開催中に見つかった。望外の喜びに出会えたことで、難しい展覧会の開催を許し、惜しみなくご協力くださった関係者の方々に申し開きができたと感じている。

 そして、この忘れがたい経験を胸に、私はそろそろ卒業を迎える。

美連協ニュース151号[2021年8月号]より転載
(※役職、所属は掲載時)

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