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  • 「開館20 周年記念 アメデオ・モディリアーニ展」 チラシ(表)
  • 会場風景「裸婦の部屋」

2021.1.27(wed)

思い出の展覧会(66)
開館20周年記念
アメデオ・モディリアーニ展
2008年4月5日(土)~6月1日(日)
名古屋市美術館

名古屋市美術館 副館長 深谷克典

 前職の姫路市立美術館時代をあわせると、学芸員生活もちょうど40年を迎える。その間にどれだけの展覧会を担当したのだろうと、振り返って数えてみたら40数本に達していた。毎年1本以上である。我ながら、よくもこんなに多くの展覧会をやったものだと呆れてしまう。琳派にはじまり、近現代の日本画・洋画、彫刻、アメリカ現代美術など、全く節操なく何でも担当したが、最も多数を占めたのは、自分の専門でもあるヨーロッパ近代美術である。モネ、ルノワール、ゴッホ、ピカソ、マティス、モディリアーニなど、いわゆる巨匠と呼ばれる作家の個展を扱う機会に恵まれ、苦労も多かったが、充実した時間を送ることができた。その中でひとつだけを選ぶとすると本展ということになるだろうか。

 周知のように名古屋市美術館は収集方針のひとつにエコール・ド・パリを掲げており、アメデオ・モディリアーニ(1884〜1920年)の《おさげ髪の少女》は当館の看板娘である。開館以来、モディリアーニの回顧展を開催することは当館の宿願であったが、2008年の開館20周年を記念すべく実現を目指すことになった。しかし、これが途方もなく難題であった。どんな作家の個展でも、作品を集めるにはそれなりの苦労があるが、この時ほど難渋したことはない。若くして亡くなったこの画家は、信頼に足るカタログ・レゾネが作成されていないこともあり、未だにその作品総数は不明だが、恐らく200から300の間であろうか。もともと数が少ないうえに、準備を始めて間もなく、ほぼ同時期に国内で別のモディリアーニ展の企画が進んでいることを知り、絶望的な気分になった。それでも開館20周年を飾るのはやはりモディリアーニ展以外にないと、無理やり気持ちを奮い立たせ、海外も含めて猛然と出品交渉を開始した。すると、存外感触がよいのである。外交辞令的な対応を割り引いたとしても、これならかなりいけるのではないか。そんな希望が膨らんでいった。しかし、その儚はかない希望は瞬く間にしぼんでしまった。交渉から数か月を経て次々に届く返事が、「残念ながら」という一句で始まるものばかりなのである。交渉時の感触とあまりにギャップのある結果に、正直戸惑うばかりだったのだが、その理由は展覧会が始まる数か月前になって判明した。なんと、スペインでもうひとつのモディリアーニ展の計画が進行していたのである。全くノーマークであった。唖然、茫然とはこのことである。交渉の過程で情報は一切なく、この企画は深く潜航したまま進み、浮上したと思ったらいきなり大砲を打ち込まれて、こちらは撃沈寸前というありさまとなった。

 その後は、もはや息も絶え絶えで、這うようにして何とかオープニングというゴールに達することができた。今思い返しても悪夢のような日々であった。しかし、出来の悪い子ほど可愛いということわざどおり、苦労に苦労を重ねた展覧会は、その結果はともかく、心に深く残り、この上なくいとおしいのである。

美連協ニュース149号[2021年2月号]より転載
(※役職、所属は掲載時)

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