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  • 大作《構図》《争闘》の展示風景(北海道立近代美術館)

2018.5.1(tue)

思い出の展覧会(56)
没後40年 レオナール・フジタ展
2008年7月12日(土)~9月4日(日)
北海道立近代美術館

北海道立近代美術館 学芸副館長 佐藤幸宏

 2018年は、藤田嗣治(レオナール・フジタ)が没して50年という記念の年にあたる。東京と京都で大規模な回顧展が開催されるほか、フジタの挿絵本や絵手紙に焦点を当てた展覧会も全国巡回中で、出版や映画なども含め、ここ十数年間に見られるフジタ・ルネサンスともいうべき状況には隔世の感がある。私がフジタ展の主担当業務を上司から言い渡されたのは2006年で、画家の生誕120年の年でもあり、18年ぶりの大回顧展が国内で開かれて大きな話題となっていた。

 展覧会が2年後に迫るなか、フジタに関する本格的な研究を始めた私にその年の暮れ、最初の大きな山場が訪れた。当時存命のフジタ夫人君代氏との面会である。高齢ゆえ体調次第では直前でもキャンセルがあり得る面会当日、相当な緊張感に襲われたことを記憶している。しかし、お目にかかった君代夫人は実に闊達な印象で、フジタについて多くの思い出を語ってくれただけでなく、私たちの展覧会に対しても理解と関心を示してくれた。とりわけ最初のパリ時代末期に描かれた大作《構図》と《争闘》の全点が日本で初めて公開されることに並々ならぬ期待を寄せていることがうかがわれた(この大作は、訪問時点では修復中で、揃った形では日本はおろかフランスでも未公開であった)。

 これらの大作が展覧会の中心になることは間違いなかったが、その時点ではまだ展覧会のコンセプトは揺れており、それを確定することが最初の大きな仕事でもあった。夫人の意向もあり、展覧会名が「藤田嗣治展」ではなく「レオナール・フジタ展」に決まった際、コンセプトも自ずと定まったように思う。それは、戦後フランスに帰化し、キリスト教に改宗したフジタが、生涯を通じフランスで何を目指したのかという問いである。

 そこで、《構図》《争闘》を1913年からほぼ18年にわたる第1次フランス時代の総決算と位置づけ、同時に戦後のフジタが晩年を過ごした第2次フランス時代の総決算は何かと考え始めた。それら二つのフランス時代の集大成作品の共通項を探れば、フジタがフランスで目指したものが自ずと浮かび上がるのではないかと考えたのである。そして第2次フランス時代の代表作とは、最晩年のフジタが命を削るようにして取り組んだランスの「平和の聖母礼拝堂」しかあり得なかった。

 しかしながら、礼拝堂の壁画を日本に持ってくるのは元より無理な話である。そこで私たちは、パリの倉庫に眠る膨大な作品群(特にデッサン類)の調査を敢行し、壁画のほぼ原寸大の未発表下絵を発見した。礼拝堂内部をイメージした展示空間にそれらを配置し、来場者があたかも礼拝堂を訪れたかのように見せることが展示の核となった。

 札幌での会期中、仮想の礼拝堂の中で涙を流す来場者を何人か見かけた。23年間の学芸員人生で初めての出来事であった。

※宇都宮美術館、上野の森美術館、福岡市美術館、 せんだいメディアテークを巡回

美連協ニュース138号[2018年5月号]より転載
(※役職、所属は掲載時)

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