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  • 小島烏水 版画コレクション展 図録

2019.11.4(mon)

思い出の展覧会(62)
小島烏水 版画コレクション展
─山と文学、そして美術─
2007 年1月22日(月)~ 4 月4日(水)横浜美術館

横浜美術館学芸グループ長 沼田 英子

 横浜美術館が所蔵する〝小島烏水コレクション〞は、私が1990年に同館に就職して以来、継続して関わってきた仕事のひとつである。中でも「小島烏水版画コレクション展―山と文学、そして美術―」は、そのクライマックスとなった展覧会として思い出深い。

   小島烏水(1873〜1948)は、横浜正金銀行の行員として定年まで働きつつ、登山家、随筆家、版画研究家、コレクターとして活躍した多才な人物である。現在ではその名を知る人は少ないが、14巻からなる『小島烏水全集』を紐解くと、槍ヶ岳初登頂や日本山岳会の創立、『日本アルプス』(1910〜15)をはじめとする山岳文学の執筆、浮世絵の研究や西洋版画の収集など、一人の勤め人が成し遂げたとは思えない仕事の幅広さと量に圧倒されるだろう。

   美術に関する烏水の活動は、幼い頃から親しんだ浮世絵版画が次々と海外に流出する状況を目の当たりにして危機感を持ったことに端を発している。彼は、まず 日本国内で版画の芸術性の認知を高めようと、本格的な浮世絵研究書を執筆した。そして版画が芸術として享受されている西洋の版画を研究して、アメリカ赴任時代 に作品を収集したのである。1928 (昭和3)年に自ら企画開催した「小島烏水蒐集 泰西創作版画展覧会」は、16世紀以降の西洋版画を日本で初めて体系的に紹介 した画期的な展覧会だった。半世紀以上が経ち、その展覧会のことは忘れ去られていたが、横浜美術館は1991年から93年にかけて、同展に出品された356点の うち175点をご遺族のもとから収集する機会を得た。そしてコレクション展でそれらを展示し、烏水コレクションの一部を初めて明らかにすることができた。

   その数年後、ご遺族から烏水の遺品が新たに見つかったという知らせを受けた。お宅にうかがうと、埃を被った箱や紙包みが山積みにされていた。埃を払いつつ確認 作業を始めると、「泰西創作版画展覧会」の選外となったと思われる多数の西洋版画、幕末から明治の浮世絵、明治の石版画、大下藤次郎や丸山晩霞の水彩画など が姿を現した。烏水の手書きのメモや書簡、山岳文学や浮世絵研究のための草稿や校正紙もあった。それまで文献でしか知らなかった烏水の幅広い活動が、実際の物として自分の目の前に現れたことは実に感動的だった。幸いにもご遺族から全てをご寄贈いただけることとなり、作品約550点と資料約580点を2003年か ら数年間かけて収蔵した。膨大な作品や資料を整理する作業は大変ではあったが、彼の美術に関する活動が、山や文学と密接に結びついていたことが次第に見えてくる ようでワクワクした。それらの作品や資料をもとに企画したのが、2007年の「小島烏水 版画コレクション展―山と文学、そして美術―」である。埋もれていた作品や資 料を発掘し、調査して美術史の中に位置づけ、修復して作品としての魅力を蘇らせ、さらに展覧会にまとめることは、学芸員としての醍醐味を感じる仕事だった。 。

 そして嬉しいことに、この展覧会は更なる展開をもたらした。展示を見た別のご遺族から、既に散逸したと思われていた「泰西創作版画展覧会」の残りの出品作 が、手元にあると伝えられたのだ。私は今、それらの調査に取り組みながら、復元された小島烏水コレクションが展示室に並ぶ日を楽しみにしている。

美連協ニュース144号[2019年11月号]より転載
(※役職、所属は掲載時)

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