美術館連絡協議会 美術館連絡協議会

  • 川田順造さん、菅井汲の版画作品と
    撮影:小川待子
  • アンリ・リヴィエール『エッフェル塔三十六景』
  • アフリカのかぶり物

2020.11.2(mon)

「今こそ新しい価値観の創造を」
人類学者 川田順造氏
特別インタビュー

 新型コロナウイルスに翻弄される2020年の私たち。地球温暖化、環境破壊、社会の分断など気になるテーマは限りがありません。人類発祥の地であるアフリカに長く滞在して研究に携わり、「ヒトとは何なのか」を問い続けてきた川田順造さんに今、私たちが考えるべきことについて伺いました。 アートにも詳しく、興味深いお話が聞けました。インタビューは8月下旬、神奈川県湯河原町のご自宅にいらっしゃる川田さんと、ビデオ通話アプリ「FaceTime(フェイスタイム)」を通じて行いました。

▶新型コロナウイルスの影響で、ふだんの暮らしぶりは変わりましたか。
♦変わらないです。以前はたまに東京に出かけることがあったけれど、それがなくなったぐらい。週2〜3回、仕事場兼温泉浴のために入居している、近くの養老施設に 出て、あとは家にこもって原稿書きに追われる毎日です。ありがたいことに、今も依頼があちこちからくるので。
 私も妻もいたってよく食べ、丈夫です。これまで一緒にヨーロッパやアフリカで長く暮らしましたが、和食にこだわらず常にその土地のものを食べていました。そのせいか、今もお米自体は好きですが、白米はほとんど食べず、どこともつかない無国籍風の料理を食べています(笑)。

▶ご自宅には、長年、調査研究の舞台だったアフリカにまつわる美術品や珍しい品がたくさんありますね。
♦ブルキナファソやマリ、北アフリカ、ブラジルなどいろいろなところで手に入れました。太鼓などの楽器やタペストリー、動物の彫刻、お面や人形などあまりに多くて数えきれません。新大陸に売られた黒人奴隷が、逃走防止で足首に嵌はめられた金具など、今では現地でもなかなか手に入らないものもあります。

▶留学先のフランスでは美術関係者との交流もあったそうですね。
♦フランスを拠点に活躍していた菅井汲さん(1919〜96)と親しくつきあいました。菅井さんあてに各地から届いた手紙を翻訳して、返事を代筆するお手伝いもしていました。パリの留学生会館でピンポンをしたのもよい思い出です。菅井さんは、独創的な画風で国際的に評価されました。日本画から出発した人ですが、日本画の約束事から脱却して、自覚的に自分の画風を築いた、という話を伺いました。菅井さんから直接いただいた版画もあり、これは今も宝物です。
 「フランスの浮世絵師」といわれたアンリ・リヴィエール(1864〜1951)の甥おいっ子さんとも付き合いがありました。アンリ・リヴィエールは浮世絵の世界に惹 かれて独自に研究を重ね、葛飾北斎《富嶽三十六景》にちなんだ《エッフェル塔三十六景》を作った人ですが、妻の待子と婚約したとき、記念に叔父さんの作品をくれました。
 小さいころから絵を描くのは好きでした。小中学生の頃は特にセザンヌが人気で私もまねていました。印象派は黒をあまり使いませんが、僕は風景画に黒をよく使っていて、美術雑誌『みづゑ』で、フランスでもアンドレ・デュノワイエ・ド・スゴンザック(1884〜1974)が黒を使っているのを知って意を強くしました。  留学中、ルーブル美術館に行くと、スゴンザックに大きな一室が与えられていて、黒を使った風景や肖像があり、有力な画家だったことを知りました。

▶ポストコロナの時代、私たちはどのように日々を暮らしていけばよいのでしょうか。
♦私の恩師でもあるレヴィ=ストロース(1908〜2009)の名高い『悲しき熱帯』(1955年)の終章に、「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」とい う有名な言葉があります。今こそ、この一節をかみ締める時です。人間が世界のすべてを作り変えられるはず、と突き進んできましたが、ウイルスひとつに往生するのが現実で、世界を変えるなんてことは到底できません。いずれ人間もこの世界から退場するときが必ずきます。行き過ぎた人間中心主義に対して自覚的になる必要があります。

▶芸術の世界も新たな変化に直面しています。どういうことを考えたらいいでしょうか。
♦私は常々「文化の三角測量」ということを言ってきました。文化を考察する際、東西比較や南北比較は一般的ですが、ひとつに限らず、測量のようにふたつの参照点があると、自分の主観をかなり適切に補正できると思います。私の場合はフランスとアフリカと中・南米でした。
 問題を一方向から見るのではなく、常に異なる文化との対話を心がけながら、批判的に考えていくことが重要です。美術の世界に限っても、アフリ カや中・南米は、欧米や日本とは全く違う魅力に満ち溢れています。
 美術や音楽、舞踏などの芸術は、文字や言葉を媒介にしない表現にその魅力があります。アフリカや中・南米の社会から生み出される口承の物語やアートには、文字を持たなかったからこその力強さや豊かさがあります。日本人にとって「南」は依然、遠い社会かもしれませんが、欧米だけに目を向けるのではなく、違う世界にも繋 がっていって、新しい価値観を生み出してほしいと願っています。

川田順造(かわだ・じゅんぞう)
1934年、東京生まれ。人類学者。東京大学教養学部卒業。パリ第5大学民族学博士。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授を経て、現在は神奈川大学特別招聘教授、神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員。妻は陶芸作家の小川待子。主な著書:『曠野から』(日本エッセイスト・クラブ賞)、『無文字社会の歴史』(渋沢敬三賞)、『聲』(藤村記念歴程賞)、『口頭伝承論』(毎日出版文化賞)ほか多数。訳書:クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』ほか。1994年フランス政府より教育文化功労章、2009年文化功労章、2010年ブルキナファソ政府より文化勲章。


 編集後記:目の前の危機に慌てるばかりの日々ですが、文化人類学の泰斗である川田先生から大局的な視点を提示されることで、日常を振り返るよい機会になりました。行き過ぎた人間中心主義を問い直す、という点で、美術界に期待される役割は大きいと感じました。

美連協ニュース148号[2020年10月号]より転載
(※役職、所属は掲載時)

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